杭瀬の事件に思うこと 下町の濃厚過ぎるコミュニティ

編集部便り

尼崎市杭瀬で起きた連続怪死事件。主犯格が逮捕されるや過去の悪事がわんさか出てきて事実関係がとんでもない事になってしまった訳ですけども、北九州で起きた一家監禁と事件の概要は酷似していて、それは貴志祐介氏の小説「黒い家」に出てくるようなサイコパスの犯罪だと言われております。

まあここでは事件の概要に触れたりはしないでおこうと思うのだが(詳細は大阪民国総合案内でも読んでください)杭瀬のような寂れきった爺さん婆さんだらけの長閑な下町であんな出来事が起きていたとは到底想像もつかないのが現場を訪れた印象だった。

家族喰い――尼崎連続変死事件の真相

尼崎市は明治時代の頃から紡績工場が続々立ち並び工業都市としての歴史はそこから始まっているんですが戦前から朝鮮、沖縄、奄美といった地域から労働者として多くの移民がやってきてコミュニティを築いていった場所でもある。

世界中どこに行ってもそうだが移民街というのは素性の知れない人間が紛れ込むもの。西成はともかくこのへんは阪神工業地帯なので人夫出し(手配師)とかその手の職業が流行ってきた歴史もあるが得てしてヤクザ者、そうでなくともヤクザと対等にやり合える程に肝の座った人間でなければ人夫出しなど勤まらない。あの角田美代子被告の実家である月岡家も左官の人夫出しで生計を立てていたようだ。

言うなれば社会の最底辺に生きる人間も多かった訳で、経済的に貧しいのはともかく移民であれば親類縁者とも離れ孤独に暮らす「人間関係の貧しさ」というのが精神的にこたえる訳で、こうした地域では新興宗教が流行ったり無駄に犬猫を飼ったりする事で孤独を振り払おうとする。

当方も杭瀬までチャリンコで行けるような近所に住んでいたので、だいたいこの辺の土地柄も分かっているのだが、こうした下町には「病的に世話好きな人」というのがいて、それは大抵本人の孤独感の裏返しだとは思うのだが、それが全くの善意であったり、はたまた創価学会の折伏だったり、他の新興宗教の勧誘だったり、また美代子被告のようなサイコパスである可能性もある訳で、こういう人種にホイホイ着いて行くと後でとんでもなく面倒臭い事になるので、付かず離れずつきあうという微妙なバランスを保つのが下町での処世術であると感じていた。そう思い当たる知り合いが地元に何人もいるんですがね。

また全くの善意であってもその行動原理は単に孤独を紛らわせたり、承認欲求の現れだったりする自己中心的なものなので、その人物に歯向かったり邪険にすると、愛情の裏返しのように手のひら返しで攻撃してくるようになる。こういう世界で暮らした事のない方々には何となく「三丁目の夕日」の呑気な情景を想像するのだろうが、「下町」の人間関係って本当に面倒臭いものなんですよ。

思うに、美代子被告もその手の人間の一人だったのではなかろうか。そりゃ人夫出しの親父は羽振りが良かったのだろうが放蕩三昧で初島新地に入り浸るような人間で生活環境はろくでもなかっただろう。単に金持ちなだけでは精神的な貧困からは逃れられない。金があればあったで今度は札束で人を操るようになるだけだ。

20歳の頃から蓬川沿いにあったという連れ込み旅館の元締めをやっていた程に「人を操る」才能という頭角を現してきた美代子被告。そのノウハウは当然父親から受け継がれてきたものだろうが、養子縁組を悪用して次から次へと他人の財産を独占して、用済みとなったら倉庫に監禁して衰弱死させてドラム缶に詰めて捨ててしまうほどの悪事はさすがの父親でもやっていなかっただろう。

兵庫県 尼崎市

杭瀬という下町の片隅にある8階建てマンションの最上階には今も美代子被告が築いた要塞のごとき外観の、ルーバーラティスで覆われた部屋のベランダを見る事が出来る。

他人の弱みに漬け込んでどんどん自分の配下に置いていく、その支配感が彼女の孤独を埋めていたに違いない。半世紀以上にも渡ってこの下町に自分の「王国」を築きあげてきた一人の女の存在。しかし結果として多くの人間が傷つき死んでいった。一見長閑そうに見える下町の日常の中にこそ狂気が潜むのかも知れない。


タイトルとURLをコピーしました